「福祉と性」第4部_私だけの問題じゃない。「性」が広げる人生の連鎖と家族の支え

「性」について考えるとき、私たちはつい「個人の問題」だと思い込んでしまいがちです。

予期せぬ妊娠に震える若者、生理用品を手に取るのが困難な状況、あるいは障害のある方の「親になりたい」という願い。それらが壁にぶつかったとき、世の中は時として「自覚が足りない」「自業自得だ」「無責任だ」と、冷たい言葉を浴びせてしまうことがあります。

でも、本当にそうでしょうか?

相談できる相手がいない孤立、正しい情報に辿り着けない環境、そして「性」をタブー視して教えてこなかった文化。
その人を取り巻く「社会の側」にこそ、何層もの高い壁が立ちはだかっているのではないでしょうか。
また、支える側の家族や支援者も、深い愛情ゆえの葛藤を抱えています。「失敗させたくない」という想いが、時に本人の「自分で選ぶ権利」を縛ってしまうこともあります。

第4部では、個人の枠を飛び出し、家族や社会という大きな視点で「性の連鎖」を見つめ直します。
負の連鎖を断ち切り、誰もが「やってみたら、なんとかなる」と笑い合える社会。その豊かな土壌をどう耕していくか、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

第4部:私だけの問題じゃない。「性」が広げる人生の連鎖と家族の支え

「性」という言葉を囲んで対話を重ねる中で、私たちが直面するのは、個人の行為や感情だけではありません。 性のあり方や選択が、その人の経済状況や、家族、そして次の世代にまでどう波及していくのか。今日は、そんな人生の連鎖を支える「社会の土台」について考えてみたいと思います。

誰が「不自由」を作っているのか

この連鎖を考えるとき、私は福祉の根幹にある「社会モデル」という視点を大切にしたいと思っています。「困難さは個人の心身にあるのではなく、社会の側にあるバリアが作り出している」という考え方です。

例えば、ある若者が予期せぬ妊娠の不安に震え、一人で夜を明かしているとき。
それはその人の「自覚が足りない」からなのでしょうか。
家庭に安定したネット環境がなく正しい情報に辿り着けない「情報の貧困」や、助けを求めた際に「自業自得だ」と突き放される冷たい空気。
そうした社会の壁が、彼らを医療や相談から遠ざけている「バリア」なのではないか。

あるいは、避妊具や生理用品を適切に確保できず健康を損なうリスクにさらされている人がいるとき。
それは「計画性がない」という個人の問題に集約させて良いのだろうか。
本質的な課題は、福祉制度が「性の健康にかかるコスト」を十分に想定していないという「経済的な選択肢の欠如」にあるのではないでしょうか。
性について話すことが「恥ずかしい」とされる文化の中で、自分の心と体を守る知識に触れる機会さえ奪われている。
そうした社会の構造が招いた静かな結果を、個人の怠慢という言葉で片付けてはいけないと思うんです。

負の連鎖を、希望の連鎖へ

「妊娠・出産」は、性がもたらす最も大きな連鎖です。

今の日本には、旧優生保護法の悲しい歴史が落とした影が、今なお「障害があるなら子供は諦めるべき」という無言の圧力となって漂っていないでしょうか。しかし、本来「性」は誰にも侵されない尊厳(リプロダクティブ・ライツ)です。

「自分と同じ苦労を子どもにさせたくない」と願う親がいたとき、その親の手を握り、共に歩むこと。その支援は、そのままその子の未来を照らす光になります。

誰か一人を支えることは、その後ろに控える何人もの人生を支えるリレーなのです。

支える側が抱える「愛ゆえの壁」

同時に忘れてはならないのは、そのリレーを必死に繋ごうとしている家族や先生、支援者の方々の存在です。彼らが抱える不安や苦労もまた、切実な事実です。

ここで向き合わなければならない課題は、支える側の「良かれと思って」という想いです。「問題が起きないように」「より妥当な、失敗の少ない道へ」と導こうとする周囲の価値観。それは深い愛情から来るものですが、時として本人の「自ら選ぶ権利」を静かに縛ってしまうバリアにもなり得ます。

支える側が責任の重さに押しつぶされた結果、本人の可能性を「安全」という名の箱に閉じ込めてしまわないこと。
支援する側もまた「失敗しても、一緒に考え直せばいい」と思える心の余白を持てるような、そんなサポート体制こそが必要なのだと感じます。

「やってみたら、なんとかなる」を言える場所

福祉の現場でいま最も大切にされているのは「意思決定支援」です。

たとえ周囲から見て「妥当ではない」と思える選択であっても、私たちはその願いを「危ないから」という言葉だけで摘み取る権利はありません。
リスクを分かち合い、対話を重ね、最後は自分の足で一歩を踏み出せるように。
失敗も含めてその人の人生だと尊重し、共に歩む。それが、本来の支援のあり方ではないでしょうか。

かつてこの国にあった、地域全体で「お節介」を焼きながら支え合う文化。
障害の有無を超えて「お互いさま」と言い合える形。
性についても、隠すのではなく、自分の気持ちをオープンに伝え合える文化。
そんな「当たり前の風景」を、もう一度現代の文脈で取り戻したい。そう願っています。

社会の土台を整える、ということ

「性」の支援とは、決して特定の行為の良し悪しを裁くことではありません。教育、医療、経済、住まい……。それらすべての「生活の土台」を整えることに他ならないのです。

ミクロな視点からマクロな社会構造へ。私たちは今、愛と安心の連鎖を次世代へと繋ぐための、大きな対話の輪の中にいます。 目の前にいる人の「性」を見つめることは、この社会全体の未来を、私たちの手で形作っていくことなのです。

一歩一歩、その土壌を耕していきましょう。
あなたの心の声を、また聴かせていただけることを楽しみにしています。

【次回の対話に向けて】

障がいがある方の性的な欲求を、私たちはいつの間にか「ないもの」として扱っていなかったでしょうか。
また、もし知識があれば防げたかもしれない痛みがあるとしたら、今、私たちに手渡せるものは何でしょうか。

最後におこなう対話会(2026年2月14日)では、支援の技術を学ぶのではなく、皆さんが現場で感じている「迷い」そのものを、温かいお茶を飲むような距離感で、分かち合えればと思っています。

次回、第4部では「性風俗や性別、そして性の多様性」を切り口に、さらに深い「生のあり方」について考えていきたいと思います。

タイトル:「福祉と性」:問い続ける私たちが、出会う場所

ブログ「福祉と性」を読んでくださった皆さんへ。

一人で考え続けてきた「性」と「生」の問いを、一緒に分かち合いませんか?

答えが出なくても、心で語り合う時間は、きっとあなたの心に新しい光を灯してくれるはず。

専門的な知識は必要ありません。あなたの身の回りでの小さな気づきや、率直な疑問、想いを持ち寄り、温かい対話の輪を広げませんか。

  • 日時: 2026年2月14日(土)09:30~12:00
  • 場所: 社会福祉法人蒼天 みんなの学校いなしき
  • 参加方法:下記URLよりお申込みください。※参加日は「2026年2月14日」を入力してください。

皆さまとの「つながり」を楽しみにしています。

「みんなの教室」連動企画オープンダイアローグ参加申込フォーム

▶︎ https://forms.gle/mB6YDxaxnA64jST88

「みんなの教室」連動企画オープンダイアローグとは
この企画は、参加者全員で対話をつむぐことを大切にする話し合いの場です。
一方的な講演ではありません。 専門的な知識は必要なく、誰もが安心して発言できる雰囲気づくりを重視します。
趣旨: 答えを出すことではなく、それぞれの日常や視点を持ち寄り、テーマについて深く考え、分かち合うことです。
目的: 対話を通じて、お互いの存在やつながりが、やがて誰もが安心して生きられる“やさしい世界”を育む力となることを目指します。
あなたの率直な想いや疑問を共有し、新しい気づきを得る時間です。

カテゴリー: みんなの教室

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