「福祉と性」第3部_理屈では終われない現場の葛藤。衝動の裏にある「心のサイン」とは?

第3部_理屈では終われない現場の葛藤。衝動の裏にある「心のサイン」とは?
皆さんは「衝動」という言葉を聞いたとき、どんな気持ちが浮かびますか?
福祉の現場では、どうしても「抑えなければならないもの」として、少し身構えてしまうことが多いかもしれません。
でも、性的な衝動や欲求は、私たちがここに存在しているということ。 それほど自然なことなのだと思うんです。
第3部のブログでは、心と体の大きな波について、 皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
- 「障がいがあるから性はない」という無意識の線引き
- 「気になる行動」の裏に隠された切実なサイン
- 知らないことで生まれる「被害」や「加害」のリスク
完璧な解決策は見つからなくても、まずは私たちが知り、学び、共に考えていくこと。その大切さを、ゆったりとした温度感で綴りました。
あなたの心にある「答えのない問い」を、大切にできる場所でありたいと思っています。
「衝動」という言葉を福祉の現場で使うとき、そこにはしばしば、少しネガティブな響きが伴うかもしれません。周囲を困惑させたり、安全を損なったりする「抑えるべきもの」……。どうしても、そんな管理の視線が向けられがちです。
けれど、性的な衝動や欲求は、私たちがここに存在しているということ。 それほど自然なことなのだと思うんです。 障がいの有無に関係なく、命が脈動しているからこそ湧き上がる、言わば「生きるためのエネルギー」のようなものではないでしょうか。
「障がいがあるから性はない」という無意識の線引き

ここで、少し立ち止まって自分自身に問いかけてみたいことがあります。 私たちは無意識のうちに、「障がいがある方には、性的な欲求や衝動はあまりないのではないか」と、どこか遠いことのように捉えてはいないでしょうか。
「純粋で無垢な存在であってほしい」という、周囲の願いに近い思い込み。 あるいは、性の問題を直視することへの恐れから、その存在自体を透明なものにしてしまっている。そんなことはないでしょうか。 けれど、障がいがあってもなくても、成長と共に体は変化し、心には誰かを求めたり、自分の体に興味を持ったりする自然な波が訪れます。その当たり前の事実を認めるところから、すべてが始まるのだと思うのです。
思春期という、嵐の中の心と体

成長の過程で訪れる第2次成長期。それは、誰にとっても大きな負担となる「変化の嵐」です。
自分自身のことが、自分でもよく分からなくなる。 自覚できない悩みや心の不調が、頭痛や腹痛として体に現れる。 「口出ししないでほしい」と自立を求めながらも、一方で、自分の価値観を深く理解してくれる親密な関係を、心から欲しがってしまう。
こうした複雑な感情の揺れを、言葉にして誰かに伝えられるなら、少しは心が軽くなるかもしれません。私たちは、葛藤しもがきながらも、自分の中にそのエネルギーを収める方法を、長い時間をかけて学んできました。
しかし、もしその「言葉」を持つことが難しい状況にあったとしたら、どうでしょうか。
変化が何なのか分からず、衝動がどこから来るのかも理解できないまま、ただ自分の体が自分ではない何かに変わっていくような恐怖を、一人で抱えている人がいるのかもしれません。
行動という「暗号」と、その背景にあるもの

支援の現場で出会う、いわゆる「気になる行動」。 それらを単なる「逸脱」として捉えるのではなく、本人の内側から発せられた、切実な「暗号」として受け取ってみることはできないでしょうか。
- 性器いじりが頻繁だったり、場所を問わずマスターベーションをしてしまったり
- 夢精や生理、勃起といった生理現象に、パニックを起こしてしまったり
- 相手の体を触りたがる、あるいは自分の性器を押し当てるような行為
- ネットの情報などを信じて、危うい性交渉や妊娠を繰り返してしまう状況
こうした現れに対し、私たちはつい「禁止」という蓋をしようとしてしまいます。
「間違っている」「ダメだ」「その言動をなくそう」。 そうした理性的な対応は、社会生活を送る上である程度は必要かもしれません。けれど、エネルギーの行き場を完全に断たれた心は、かえって別の場所で、もっと不安定な形で噴出してしまう可能性も孕んでいます。
ここで大切なのは、その行動の「裏側」にある背景を想像することだと思うんです。
衣服を脱いでしまう行為が、実は独特の不快感を取り除こうとする必死な抵抗かもしれない。 卑猥な言葉を叫ぶことが、周囲の反応を確認し、「自分を見てほしい」というサインかもしれない。
一見すると「性的な行動」に見えて、実はその背景には、強い不安や孤独感、あるいは「誰かと繋がりたい」という、性とは別の切実な願いが隠れていることもあるのではないでしょうか。
学び、そして「教える」という場面の必要性

もし、その行動の背景に別の悩みがあったとしても、私は、関わる私たちが「性」について学び、そして本人に「伝えていく(教える)」場面も必要だと思うのです。
「その行動は、もしかしたら不安から来ているのかもしれないね」と背景を理解すると同時に、「でも、その体の触り方は、自分も相手も傷つけてしまう可能性があるんだよ」という事実を、本人に伝えていく。 本人が自分の体の仕組みを知り、自分の衝動とどう付き合えばいいのか、その「道具(知識)」を渡してあげる。
それは単なる押し付けではなく、その人が社会の中で自分を守り、安心して生きていくための「権利」を保障することに繋がるのではないでしょうか。
知識の格差がもたらす「リスク」という問い
もう一つ、胸が締め付けられるような問いがあります。
私たちは、偶然にも適切な出会いや知識、経験に恵まれたおかげで、今の自分があるのかもしれない。けれど、もしそれらを得ることができなかったとしたら、どうなっていたでしょうか。
正しい知識や安心できる相談相手がいなかったために、知らないうちに誰かを傷つけ
「性加害者」となってしまったり。
あるいは、自分の身を守る方法を知らないまま、悲しい「性被害」に遭ってしまったり。
そんなリスクを、多くの方が常に孕んでいる。それが、私たちが直視しなければならない現実の側面ではないでしょうか。
「知らないまま」でいることは、決してその人のためにならない。
知識は、時に人を縛るものではなく、自由にするものだと思うのです。
私たちができる、最初の一歩
とはいえ、現実はそれほどシンプルにはいきませんよね。 現場のご家族や支援者の皆さんは、倫理観や社会の厳しい視線、そして何より「被害者にも加害者にもしたくない」という強い責任感に、日々押しつぶされそうになっている……。 それが偽らざる現場の姿なのではないでしょうか。
私自身、そんな皆さんの姿を間近で見ながら、「これが正しい答えです」と言い切ることはできません。でも、だからこそ「対話」を続けていきたいと感じています。
2024年以降の日本でも、合理的配慮の義務化によって、性に関わる支援もようやく「当たり前の権利」として議論され始めました。専門的なプログラムを導入している施設も増えています。それらに頼ることも、一つの大切な選択肢です。
でも、一番大切なのは、日々の関わりの中で「性」を特別な、隔離された問題として扱わないことではないでしょうか。 「あなたの性も、あなたを形作る大切な一部だね」と、まずはそのままの存在を認め、その衝動の裏にある「願い」を想像し続けること。
完璧な解決策は見つからなくても、「みんなはどうしているんだろう」という率直な悩みや失敗を、少しずつオープンに分かち合う。 その勇気が、次の支援への、そして本人の安心への一歩になるのだと信じています。
皆さんの心の中にある「答えのない問い」に、どう寄り添っていくことができるでしょうか。
【次回の対話に向けて】
障がいがある方の性的な欲求を、私たちはいつの間にか「ないもの」として扱っていなかったでしょうか。 また、もし知識があれば防げたかもしれない痛みがあるとしたら、今、私たちに手渡せるものは何でしょうか。
最後におこなう対話会(2026年2月14日)では、支援の技術を学ぶのではなく、皆さんが現場で感じている「迷い」そのものを、温かいお茶を飲むような距離感で、分かち合えればと思っています。
次回、第4部では「性風俗や性別、そして性の多様性」を切り口に、さらに深い「生のあり方」について考えていきたいと思います。
タイトル:「福祉と性」:問い続ける私たちが、出会う場所
ブログ「福祉と性」を読んでくださった皆さんへ。
一人で考え続けてきた「性」と「生」の問いを、一緒に分かち合いませんか?
答えが出なくても、心で語り合う時間は、きっとあなたの心に新しい光を灯してくれるはず。
専門的な知識は必要ありません。あなたの身の回りでの小さな気づきや、率直な疑問、想いを持ち寄り、温かい対話の輪を広げませんか。
- 日時: 2026年2月14日(土)09:30~12:00
- 場所: 社会福祉法人蒼天 みんなの学校いなしき
- 参加方法:下記URLよりお申込みください。※参加日は「2026年2月14日」を入力してください。
皆さまとの「つながり」を楽しみにしています。
「みんなの教室」連動企画オープンダイアローグ参加申込フォーム
▶︎ https://forms.gle/mB6YDxaxnA64jST88
「みんなの教室」連動企画オープンダイアローグとは
この企画は、参加者全員で対話をつむぐことを大切にする話し合いの場です。
・一方的な講演ではありません。 専門的な知識は必要なく、誰もが安心して発言できる雰囲気づくりを重視します。
・趣旨: 答えを出すことではなく、それぞれの日常や視点を持ち寄り、テーマについて深く考え、分かち合うことです。
・目的: 対話を通じて、お互いの存在やつながりが、やがて誰もが安心して生きられる“やさしい世界”を育む力となることを目指します。
あなたの率直な想いや疑問を共有し、新しい気づきを得る時間です。








